ホーム   »  学習会報告・復習ノート  »  第2篇第4章「貨幣の資本への転化」第1節「資本の一般的定式」学習会報告

第2篇第4章「貨幣の資本への転化」第1節「資本の一般的定式」学習会報告

 10月12日、第2篇第4章「貨幣の資本への転化」の第1節「資本の一般的定式」の前半部分を学習しました(今回、学習会に参加して1年になるHさんが報告を引き受け詳しいレジュメを用意してくれました)。いよいよ第2篇に入り、これ以降「資本」とはいったい何なのかについて考えていきます。
 資本は商品流通が一定の発展段階に達したときに成立したこと、商品流通の中から貨幣が生み出される、貨幣が資本の最初の現象形態であることが初めの数段落からわかります。歴史的に資本は貨幣という形で「土地所有に相対する」とはどういうことかという質問がありました。封建時代では封建領主が土地と人民に対する支配権を持っていたが(注1に「人格的な隷属・支配関係に基づく土地所有の権力」とある)、封建社会の末期には商品流通の発展に伴い「貨幣財産」(商人資本や高利貸資本として)、「非人格的な貨幣の権力」(注1)が台頭し封建勢力と対立するようになったということなどが確かめられました。
 しかし、資本主義社会の現実の流通部面に目を向ければ、資本はまず貨幣の形態をとって現れていますので、資本としての貨幣の形態に着目していきます。そこでまず、単なる貨幣としての貨幣と資本としての貨幣が、その流通形態(W-G-WとG-W-G)によって区別される点、形態上の類似と相違が論じられています。
 どちらの形態も、販売と購買という2つの段階からなっていて、総過程が3人の当事者によって媒介されている点は共通していますが、販売と購買の順序が逆になっています。W-G-Wでは運動の出発点と終点をなすのは商品で、貨幣がその運動を媒介していますが、G-W-Gでは出発点と終点をなすのは貨幣で、媒介しているのは商品です。また、W-G-Wでは貨幣は、使用価値として役立つ商品に最終的に支出されてしまいますが、G-W-Gでは貨幣は、前貸しされるだけで出発点に還流します。以上のことは感覚的に区別される形態的相違ですが、この両形態における形態的相違は、どのような内容的相違を意味しているのでしょうか。
 W-G-Wでは、両極の商品は同じ価値をもつ質的に違った使用価値である、すなわちその最終目的は消費欲望充足のための使用価値の取得です。これに対して、G-W-Gでは出発点も終点も貨幣であり、だからこの循環の推進的動機も規定的目的も交換価値そのものであるのです。両循環の内容的相違についてはさらに探究しなければなりませんが、時間の都合で次回に続けることになりました。
 次回は、「最初の価値を超える超過分を私は剰余価値と名づける」という記述を含む段落(16段落)からです。
 
コメント
トラックバック
トラックバック URL
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する
カレンダー
06 | 2018/07 | 08
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
プロフィール

yokorou15

Author:yokorou15
横浜で月2回『資本論』学習会を開いています。

カテゴリ
最新記事
月別アーカイブ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QR